スカーフ
天使のマフラー
$170在庫あり
一つの素材を、1994年から
春になると、カシミヤ山羊は冬を越させてくれたうぶ毛を自ら手放します。UTOはそれが落ちる前にいただく。1994年以来、扱う素材はカシミヤだけ。一等級の原毛を、二十年以上変わらぬ日本の紡績会社が糸にします。岩手県北上市、廃校を蘇らせた自社工場で、職人が裁断をしない成形編みで編み立て、一目ずつ手でリンキングし、自然乾燥で仕上げる。着丈も袖丈もあなたの寸法に、二十五の色から。着るほど、洗うほど、やわらかくなっていきます。
春になると、カシミヤ山羊は冬を越させてくれたうぶ毛を自ら手放します。UTOはそれが落ちる前にいただく。1994年以来、扱う素材はカシミヤだけ。一等級の原毛を、二十年以上変わらぬ日本の紡績会社が糸にします。岩手県北上市、廃校を蘇らせた自社工場で、職人が裁断をしない成形編みで編み立て、一目ずつ手でリンキングし、自然乾燥で仕上げる。着丈も袖丈もあなたの寸法に、二十五の色から。着るほど、洗うほど、やわらかくなっていきます。
人類は暑さ寒さや、危険な物から肌身を守るため革や樹皮などを使い衣類を発明しました。
その衣類は文明が発展すると共に、社会の中で身分を表したり他人との違いを表明する衣装として、他人から見られることが大きな要素になってきました。
そして衣料があまねく浸透した現代、衣は他人からどう見られることより、自分が気持ちよくなる自分のために着用する新たな時代に入っていると思います。
「自分自身が気持ち良い」と思える衣の代表は断然カシミヤニットでしょう。
あの軽くて暖かいカシミヤは着用している私たちを幸せな気持ちにしてくれます。
そのカシミヤの原料のうぶ毛は、カシミヤ山羊が極寒の寒さから自分の身を守るために神様がカシミヤ山羊に与えてくれたものですが、なんと!そのうぶ毛は春になると抜け変わり自然に抜け落ちるのです。抜け落ちる前に人間が頂いてニットやストールにする。これは持続可能な素晴らしいサイクルです。
実は、カシミヤに携わる仕事を始めてからずっと毎日扱っているカシミヤのうぶ毛について、「人間はカシミヤを虐待していないか?」ということが心の隅に引っかかっていました。その実情を確かめるために、実際に中国内モンゴルに赴き自分の目で「カシミヤと人間のウィンウィンの関係」を確かめたときの安心と感動は今でも忘れられません。
カシミヤを育ててうぶ毛を収穫することは自然の法則に沿った再生可能な農業なのです。これは私たちが最も大事にする地球に優しい素材と思っています。
私たちは、その地球に優しいカシミヤニットを専門に、一年中製造販売しています。
貴重なカシミヤの中でも「最高級グレードの原料」を使い、製造における原料の廃棄ロスがほぼゼロという「成形編み」で、しかも「カスタムオーダー」という世界で稀な方法です。
この方法は他社が真似をしない大変手間のかかる製造方法ですが、地球に優しいもの作りは私たちの自慢であり誇りでもあります。
この製造を担うのが、岩手県北上市の自社工場の30代中心の若い職人たちです。
一枚一枚丁寧なモノづくりは「UTOなら間違いない」と、多くのお客様から評価を頂いています。
身も心も温まるお洒落のご馳走をお届けします。
UTOカシミヤで気持ちいいという幸せな時間を過ごし頂けると幸いです。

カシミヤ山羊が厳しい冬を越すために蓄えたうぶ毛は、春になると自ら抜け落ちます。牧民はその時期を待って梳き取る。一頭から採れるのは、わずか百八十グラムほどです。土から生まれ、手を経て、やがて自然に還るまでが一巡り。これほど希少な恵みを、どこかで捨てる気にはなれませんでした。

布を裁って服をつくれば、裁ち落とした分は必ず捨てることになります。UTOのセーターは身頃も袖も襟も、はじめからその形に編み上げる。一枚の中で糸はずっと繋がったままで、切り落とされる場所がありません。手間も時間もかかりますが、貴重な原料がごみになる場面が、どこにもない。

UTOには、売り場に並べるための生産がありません。ご注文をいただいてから、その方のための一枚を編みはじめます。何千枚のうちの一枚が届くのではなく、一枚のために工房が動く。売れ残りも、値下げも、廃棄も、はじめから生まれない仕組みです。

糸は一キロ単位でしか仕入れられず、セーターを編むと必ず端数が残ります。同じ色でもロットが違えば次には使えない。捨てるにはあまりに惜しいその糸を、職人が仕上がりを想像しながら色と分量を考えて繋ぎ、一本に巻き直す。そうして生まれたのが「色々色の天使のストール」です。配色は二枚と同じものがありません。

「もう着ないけれど、どうしても捨てられない」。あるお客様からのそんなご連絡から、カシミヤのアップサイクルがはじまりました。ワタに戻して糸に紡ぎ直すには二百枚以上が必要で、何年かかるか分かりません。それでも、捨てられない気持ちを預かる場所があった方がいい。そう考えて、待つことにしました。

いま日本で流通する衣料のうち、国産はわずか二パーセント台です。リンキングのように習得に何年もかかる技術ほど、継ぐ人がいなければ静かに失われていきます。岩手県北上市の工場で、二十代三十代の職人たちが一年中カシミヤだけを編んでいる。企画から製造、販売までを自社で担うのは、彼らの仕事と暮らしを価格競争の外に置くためでもあります。
旅行屋からニット屋へ。南青山から山梨、そして岩手へ。UTOが積み重ねてきた50年。
旅行屋として、ニット業界の人たちをロンドン、パリ、ミラノ等をリサーチするツアーを作り案内していた。 ファッションのことは全くの無知で、パリ在住のデザイナー・島田順子さんに大変お世話になった。このツアーがきっかけで、ニットメーカー・株式会社レ・アールに入り思いもよらぬ転職。ニット屋に。
自社で販売していたカシミヤに出会い、軽くて柔らかいカシミヤの風合いに魅せられる。 日本国内を初めとし、香港、台湾、韓国、ヨーロッパの多くの工場を訪問しての生産を経験。 生産依頼のためにイギリス、イタリアの工場を訪問し、洋の東西の生産方法や考え方の違いを知る。

「ハイファッションのベースになる高感度のニットを提供したい」想いから、ニットブランド『bhf International』を港区南青山で創業。bhfとはベース・オブ・ハイファッションの略。
新ニットブランド『ハウス・オブ・ホワイトカシミア』も開始し、2ブランド体制に。誰もが知っている、軽くって、暖かくて、柔らかい、憧れの素材“カシミヤ”。「これからはスペシャリストの時代。なんでも作れるはなんにも作れない。」考えから“カシミヤ”という一つの素材にこだわったブランド。 一つの素材ににこだわっていくことで、スペシャリストになり、日本一、そして世界一のカシミヤメーカーを目指す。
〈 この時に掲げた『将来の会社像』 〉
「日本一・世界一のカシミヤニット作り」「自家工場での一貫生産で、納得のいく物作り」「下の写真のような、夢のある建物の生産工場・アトリエ・本社」「信州の自然の中で、緑や花が溢れる美しい村から新しいファッションを発信」「多くのお客様や株主が遊びにきて、滞在してもらうためのゲストルームや散歩道(泊りがけで皆さんを招待して展示会をやりたい)」「マーケットは世界 – 国内のみならず外国でも販売」「多数の株主 – 広く株主を募集・株主は最高の応援団」「配当は毎年海外で打ち上げ会・遊び心の共有」

ニットは大量生産が常識。独立後はその多ロットと在庫で苦しみ、青山を撤退。ニット屋からの撤退も考慮しつつも、自宅でニット企画請負を続ける。
「どうせ撤退する覚悟なら好きなカシミヤだけでもう一度やりたい、それで駄目なら諦めよう」と、カシミヤニットに特化したブランドに変更する。
手横機の内田ニットさんの協力のもと、業界では例を見ない『ニットのオーダーメイド(受注生産)・カスタムオーダー(着丈袖丈の調整)』を開始し、全国のブティックでカシミヤオーダー会を開催。ヨーロッパやアジアのニット工場と仕事をした経験がスタートの原点。
ニット編み機(島製機SES)を導入し、山梨に工場を開設。「納得のいく物作りをする」という強い思いと工場長との出会いがキッカケとなり、長年の願いで会った自社工場を初めて持つ。
繊研新聞社より「ニットとカシミヤの話」を上梓。 本の出版を機に百貨店、海外有名ブランドのOEMのオファー増。また、BtoCへの取組みとして「ネット販売」を開始。
三越日本橋本店とコラボし「世界一の原料から物作りまでのトレーサビリティを証明できるセーターを提供する」という企画に参画。世界最高峰のカシミヤ原料を産する中国内モンゴル自治区の阿拉善(アラシャン)左旗のカシミヤ放牧民を訪問。中国・阿拉善産100%カシミヤ原料を使用し、お客様のオーダーでの製品をユーティーオー工場で製造し提供。

カシミヤ産地・阿拉善(アラシャン)へ訪問。カシミヤ牧民・杜さんよりカシミヤの採毛(収穫)を案内され、現地のカシミヤとの共存・生活について話を聞く。「人間はカシミヤを虐待していない」人間とカシミヤの良い関係を確認(自分の目で)。

東京・南青山にあるショールームをショップにし、初めて『自社店舗』を持つ。願いは「実際に手に取って、カシミヤならではの肌触りを実感していただき、作り手と会話しながら、ゆっくりショッピングができる店にしたい」。
雑誌『ミセス』の“カシミヤ特集”で英国のバランタイン、イタリアのクルチアーニ・ア二オナとともに紹介される。
リンキング職人不足で山梨を閉鎖。工場を岩手県北上市・竪川目に移設。

また、移転当時の東北地方はまだ東日本大震災にみまわれた半年後の混乱状態で、新参の自分たちも企業市民として何かできることはないかと考え、既製ブランド『UTO kitakami』をスタート。「東北の寒い冬を越すための灯油代の足しにでもしてもらいたい」との想いから、『UTO kitakami』の商品が一枚売れるごとに100円を北上市市役所へ寄付する活動を開始。同時に「天使の栞」を作って販売し、これも一枚売れる度に100円を寄付。

工場を北上市・江釣子に移設。 また、「ふるさと納税」開始。以後、毎年ふるさと納税で約2億円の寄附を頂く。

President Uto appeared as a commentator on the cashmere special on the TV program 'Nonstop' (Fuji TV). Afterwards, he was featured in hometown tax special programs on TV programs such as 'Shinichi Hatori Morning Show' (TV Asahi), 'Direct Hit Live Goody' (Fuji TV), and 'Gogosuma' (TBS).

中小企業庁後援の一般社団法人「企業価値協会」から「企業価値認定」を受賞。カシミヤの一貫の企画・製造・販売による、東京と岩手のコラボレーションと、岩手県北上市に対するふるさと納税の貢献が評価。

「東日本大震災被災者への寄附額:10年累計300万以上」「ふるさと納税寄付額:8年累計15億円以上」となる。

工場を北上市・黒岩に移設。 海外展開に向けた生産体制強化のため、廃校校舎をリノベーションし再活用。

初の海外展開として、日本のカシミヤニットブランドとして初めて、ロンドン・サヴィルロウの名門高級紳士服店「ハンツマン」での販売を開始。

UTOの職人・舘下愛美が、「ニット製品編立工」として、国の表彰制度である「技能功労者」において岩手県より表彰。
